医療安全調査委員会構想の問題点
診療関連死の死因究明第三者機関・第3次試案に対する意見
趣旨(第3次試案に対する意見 トップページ)
1. 厚生労働省からの独立性を明確にする
2. 届出の範囲を広くして、篩い分けを行う責任ある第三者を置く
 【医療死亡事故の届出】
 i)届出の範囲/ii)「誤った医療を行ったことが明らかか」という設問のもつ問題
 iii)調査事案は客観的な視点で篩い分けるべきである/iv)届出義務/v)医師法21条の届出
 vi)届出から調査に至るその他の問題
3. 「重大な過失」の判断を委員会に負わせない

2. 届出の範囲を広くして、篩い分けを行う責任ある第三者を置く

【医療死亡事故の届出】(16)〜(24)  該当部分を参照

i)届出の範囲

委員会の創設の目的は医療安全の向上であり、再発の防止である(1)〜(5)。これを念頭に、広い範囲の届出を推奨すべきであるにもかかわらず、試案は届出範囲を極めて狭く限定している。
(17)・・・試案は、届出範囲を明確に限定するために、届出事案を判断するにあたって、医療機関の管理者に二つの判断を求めている。「誤った医療を行ったことが明らかか」「行った医療に起因して患者が死亡したか」という判断である。これは届出の段階で、過誤と因果関係の判断を求めているに等しい。
(20)・・・次に試案は、二つの条件にあたる診療関連死を届出から除外している。
(a)死と医療行為に因果関係がない場合
(b)過誤がなく死亡を予期していた場合
この二つが届出から除外されている。しかし、たとえば合併症による診療関連死を想定した場合、それが予期しうるものであるか否かは、医師において大いに異なる。また、合併症の発生そのもの、ひいてはある不都合な事態を避けがたい偶発的な合併症と考えるか、十分に避けることのできる事故と考えるかは医療機関において大きな差がある。もとより、医療者個人の責任追及を目的にするのではなく(7)、医療安全の向上(2)を目的にするのであるから、「(b)過誤がなく死亡を予期していた」と医療機関の管理者が判断するケースを届出から除外すべきではない。届出の範囲を狭く条件付けて、その判断を個々の医療機関に委ねる(21)ことは、合併症を減らし、医療の質を均てん化する医療安全の目的を損なうであろう。
(29)・・・試案のように、疾病自体の経過として死亡したことが明らかになった場合に調査を中止するとするのは問題である。例えば、通常なすべき事をしなかった不作為のケースは、おおよそ疾病自体の自然経過としての死亡であるから、調査がなされないことになる。しかし、調査を継続して原因を分析すべきケースもあるだろうし、また中止するにもその理由を遺族に十分に説明しなければならない。

また、不適切な医療が行われた事実が明らかな場合は「隠さない、逃げない、ごまかさない」という原則(41)から、死との関係が疑われる場合すべてを届け出るべきであろう。試案では、届出の範囲を狭く限定しようとしているために、かえって届出の範囲が曖昧になっている。

届出の判断に迷う曖昧な事故事例を包み隠さず届け出る(隠さない)ことによって初めて、遺族・国民の真相究明の切なる願い(1)に医療機関自らが積極的に応えることとなる。判断に迷うグレー部分をできるだけ幅広く届け出て初めて、医療安全を目指す委員会は警察に代わる診療関連死の届出先として国民の認知を受けるであろう。

ii)「誤った医療を行ったことが明らかか」という設問のもつ問題

(20)・・・試案は、届出範囲の限定のために、過誤および因果関係の判断を求め、結果的に、刑事責任追及と同じカテゴリーを想定してしまっている(届出の)。このように届出に際して医療機関に法的判断を求めることは、捜査機関への通知に関して委員会が法的判断をしない(40)としていることとも明らかに矛盾する。さらに届出の判断の「明確化」のために、「誤った医療を行ったことが明らかか」という設問に即して事例を並べるならば、実際の事例の背景事情や経緯は多様であるため、かえって混乱を招きかねない。

また「誤った医療」と色付された事例が届出されたとき、委員会は「誰が」という責任論的な視点に囚われる結果となり、原因究明という本来の職務を果たすことが難しくなる。
遺族側もまた、委員会に届出があった段階から「病院に責任あり」と認識して、民事責任追及に傾く結果となるので、当然、医療機関が届出に消極的になることが懸念される。いずれにせよ、「誤った医療を行ったことが明らか」な事例を例示することは混乱を招くであろう。
届出事例を選択するディシジョンツリーを示すとすれば、図のごとく「行われた医療(不作為を含む)に起因した死亡か否か」を検討し、関連があると判断すれば届出事案とすることが望ましい。

図

iii)調査事案は客観的な視点で篩い分けるべきである

(20)・・・ある医師にとって不可避の合併症でも、次の時代には誰もが避けることのできる合併症となる可能性をもっている。多くの医師にとって常識とされていたことが、実は誤りであったことが、事故を端緒に明らかになることは少なくない。医師は、このように医師がとらわれていたその時々の常識を疑うプロセスを経て医学が発展してきたことを理解している。すなわち、医療者の個人責任を問うことなく医療事故の原因を究明する営みは、医学医療研究の重要なリソースとなるものである。ネガティブデータが、しばしば科学的研究のブレイクスルーとなることは、歴史の教えるところだが、医療の質の向上において、診療に関連する予期しない患者の死ほど大切にしなければならないネガティブデータは他に存在しない。医学界が、医療事故の原因究明に関して、このような意義を積極的に認めるときに初めて、この委員会の調査検討作業が学会の重要なテーマとなり、医師らの積極的な参加が生まれるであろう。

解剖の設備やマンパワーの制約から、医療安全調査委員会で扱い得る診療関連死には自ずから限りがあるが、広く届けて篩い分けし、院内事故調査においても公平性と透明性を保ち、調査結果を公開することが、必ず当該地域の医療の質の向上に繋がるであろう。そのような意味で、第3次試案が届出範囲を限定的にしているのは妥当ではないので、関係学会、医療関係団体は、この届出範囲が法の求めるガイドラインとなった場合でも、自ら届出のハードルを下げて、診療関連死(死に相当する事故)を積極的に幅広く届け出る制度として運営することが望ましい。医療安全調査委員会は、そのような余地を十分に残して設計されるべきである。

そのために届け出られた事案を、院内安全調査委員会で扱い得るか、それが困難な医療機関あるいは事案では外部委員の応援をいかに手当するか、あるいは地方医療安全委員会で扱うべきか、また解剖が必要かなどを速やかに判断し、振り分けあるいは必要な人材の応援を得る、地方医療調査安全委員会の責任あるリーダー(事故に対する第三者、我々の提言では「初期判定員」と呼び、検討会では高本眞一委員が「メディカルイクザミナー」と呼んで幾度か設置を促してきた)の存在が是非とも必要である。

地方医療安全調査委員会は、地域の学会、医療団体、病院関係者の積極的な協力をもって地域の医療安全レベルの向上に寄与することが期待されるが、その仕事を医療関係者に義務として課せられた余分な活動とするか、あるいは各々の学術団体の重要な臨床研究のリソースとするか、それはリーダーによる事案の篩い分け、マンパワーの協力関係の構築に依存するところが大きい。

iv)届出義務

(17)(22)・・・試案では、届出義務を課し、義務違反に行政処分を科すことと引き換えに、届出範囲を極めて狭く限定している。しかし、届出義務を課すことは、必ずしもそれが履行されない場合のペナルティと引き換えにする必要はない。より幅広く、より透明性を高めた医療機関が高い評価を受けるプラスのインセンティブを与えることも有効だろう。

「遺族が委員会に調査依頼をしても、医師の専門的な知見に基づき、届出不要と判断した場合には、届出義務違反に問われない」(23)とするのであれば、専門家の知見は、専門家だけがその妥当性を判断できるものであるため、届出義務違反に問われるケースを想定することは難しい。求められるのは、その地域において大病院から診療所まで、あまねく医療事故に際して透明性の高い調査がなされることである。(41)

v)医師法21条の届出

(19)・・・病院における自殺や外因死の届出については、従来どおり医師法21条での届出が妥当である。自殺や外因死は、死の結果に対し、他人の関与などの犯罪性も潜むため、医師法21条の届出を省略することは適切ではない。

vi)届出から調査に至るその他の問題

【地方委員会による調査】(27)〜(31)  該当部分を参照

(27)・・・「個別事例の調査は、原則として、遺族の同意を得て解剖が行える事例について」とあるが、調査において解剖は不可欠の方法ではなく、万能の方法でもない。「解剖が必要な事案は、遺族の同意を得てできるかぎり解剖を行う」とし、扱う事案を解剖の許諾およびキャパシティで絞り込むべきでない。

むしろ地方委員会による調査を効率的にかつ有益なものとするために、前項(iii)で述べたリーダーが重い役割をもつ。また効率よく調査を進めるために事務局スタッフの充実を図るべきである。(27-1)また、遺族および医療側当事者の精神的なケアと真相究明への積極的協力を得るために、事務局のスタッフにはメディエーションのトレーニングを受けた調整看護師の参加を必須とすべきである。事故の直後から、真相究明とADRは始まるのである。 調査報告書は、「遺族および医療機関に交付」とあるが、遺族及び医療機関双方同席の場で調査委員会から説明とともに手渡すことが望ましい。(27-4)

「再発防止に向けて、臨床経過を振り返って、今後の医療の安全の向上のために取りうる方策について提案する場合は、その旨を明記した上で記載する」とあるが、むしろ、個別の評価書においては、医学的に可能な方法を検討、列挙し、事故当時に取ることが可能であった方法を記載するのがよい。(27-3)

また「医療従事者等の関係者が地方委員会からの質問に答えることは強制されない。」とあるが、これも委員会が捜査機関に通知を要するとしたため、黙秘権を意識しての記載と思われる。しかし、委員会の目的は医療安全にあるので、むしろ、医療従事者には調査に協力する義務がある」とすべきである。調査に協力が得られない医療従事者は、自律的な医療従事者の集団が、自ら医療倫理違反として処分を検討すべきである。(27-5)

【院内事故調査と地方委員会との連携】(32)〜(36)
                     該当部分を参照

(32)・・・試案は、事故調査の基本を「当事者として…責務」として院内調査に置いている。この点は重要だが、しかし、院内で生じた事案が院内調査の対象か、あるいは委員会調査の対象となるかの判断については、医療機関管理者の専権事項とせず、できるだけ第三者すなわち委員会の責任者の判断に委ねることが望ましい(前掲届出iii)の篩い分け参照)。そもそも医療事故に際して「隠さない・逃げない・ごまかさない」(41)という姿勢は、調査に関する公正は、中小の病院にも強く求められるべきもので、その規模の制約から事故調査体制が不十分な場合 (35)には、医療機関は積極的に委員会の助力を頼むべきであり、委員会は外部委員や調整看護師の派遣など積極的に医療機関の調査をサポートすべきである。また、院内調査で個人の責任追及に陥りやすい場合や、予期し得ない合併症の考え方に議論がある場合、あるいは医療制度、薬務行政とのかかわりが深い場合のように公共性の高い事案については、積極的に委員会に調査を委ねることが望ましい。そのような意味でも、委員会サイドで届出の是非を判断する仕組み(篩い分け)が必要である。

また、院内事故調査には、調整看護師を含む院内医療安全部署の充実、調査に際しての安全外部委員の依頼などマンパワーと資金を必要とする。このため政府は、医療機関の医療安全向上および事故調査体制の充実を国民医療の最重要課題と位置付け、各医療機関の体制整備を経済的に裏付けるべきである。この場合、医療安全対策を条件に、診療報酬を算定できるようにすることが現実的であろう。
(33)・・・試案では「委員会に届け出た事例について」調査・再発防止を講ずるとされているが、言うまでもなく調査・再発防止策は、委員会に届けた事案に限定するべきではない。医療機関においては、委員会に届け出ない事案についても、積極的に調査し、必要な再発防止策を講ずるべきである。

【中央に設置する委員会による再発防止策のための提言等】(37)〜(38)
                     該当部分を参照

(37)(38)・・・試案では、届け出られた事案の調査報告および(財)日本医療機能評価機構の医療事故情報収集事業からの情報を再発防止の検討に利用するとしているが、院内事故調査の報告も何らかのかたちで収集評価し、再発防止に役立てる手立てを講ずるべきである。日本医療機能評価機構の現在の医療事故情報収集事業では、特定機能病院や国立病院機構の病院等のほか、いわば会員顧客である医療機関の情報収集を行っているが、この仕組みでは、医療機関にとって不都合な事故情報は、収集から抜け落ちることが考えられる。医療事故情報収集事業を有効に活用し、中央の委員会と有機的な連携をつくるためには、会員顧客に限定しない情報収集の仕組みが必要である。

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