院内事故調査体制に関する調査報告
1 医療安全制度の総括的評価

【F-2】総括的な自己評価

この調査では、総括的な自己評価を以下のように尋ねた。

【設問F-2】体制整備、スタッフの意識など貴院の医療安全文化全体を評価して、仮に高い医療安全文化を築いている<5>、極めて不十分<1>として、現状をレイティングしてみてください。

この設問の回答内訳を次に示す(職種の明らかな回答126)。

【設問F-2】 病院の医療安全文化の評価

病院の医療安全文化全体を評価して「高い医療安全文化を築いている」を<5>、「極めて不十分」を<1>としたとき、全回答者の41.7%は<4>であると自己評価し、47.2%が<3>と評価した。しかし「医療安全文化」とその評価は、地域性や過去の経験などを色濃く反映する。管理者の掲げる理想が高ければ、現実との乖離のために厳しい評価になるだろう。事故が社会問題となった経験があれば、たとえ改善がある程度進んでいたとしても厳しい自己評価になるだろう。公立病院など、ガバナンスの働きにくい医療機関では、医療安全管理者の評価は厳しいものになるであろうが、このグループの病院も様々な成立の経緯と環境条件をもつので、経営方針にかかわるガバナンスは一様ではないだろう。その意味で、評価の絶対値そのものは、必ずしも意味をもたない。

グラフ【F-2】に見るように、病院長では53%が<4>、35%が<3>、医療安全管理者(看護師など)では、この関係が、<4>27.3%と<3>63.6%と、はっきり逆転する。当然のことではあるが、病院長と対照的に、医療安全管理者は厳しい自己評価をしている。医療安全管理者では、<3><2><1>合計で、実に72.7%を占める。

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【F-1】病院長のリーダーシップの評価

社会保険相模野病院の内野直樹院長は、医療安全関係の集まりで常々、病院の医療安全およびリスクマネジメント体制をつくるには、病院長のリーダーシップが不可欠であると指摘している。何をもってリーダーシップとするかは、議論の分かれるところであろうが、医療事故等の危機にあたってトップの姿勢がブレないことの重要性を強調してし過ぎることはないだろう。そしてそのブレない方向性は、「隠さない、逃げない、ごまかさない」でなければならないと、私たちは考えている。そこで、そのような姿勢を病院トップが貫くことができるか、という設問によってリーダーシップの実態を尋ねた。

【設問F-1】・・・このため事故について、「隠さない、逃げない、ごまかさない」(2002.8, 二村雄次名古屋大学医学部附属病院長)という姿勢を貫くことが、医療者と患者・遺族との信頼回復の近道であると思います。このような観点から、貴病院の現状を評価してみてください。

病院トップの姿勢

  • 常にそのような姿勢をもっている(と思われる)
  • リスクマネジメントを考慮し、可能であればそうしたい(と思われる)
  • 患者家族・遺族によって対処法を考える(と思われる)
  • そのような楽観的な考え方はもてない(と思われる)
  • とくに考えはなく、事象が起こってみなければわからない(と思われる)
  • その時の気分による

【設問F-1】 病院トップの姿勢評価

これは、院内医療文化の総括的評価のように、回答職種による違いはないが、医療安全管理者と看護師の回答傾向は酷似しており、「遺族によって対処法が変わる」と思っている回答者が合わせて11人、事象が起こってみなければわからないとした回答者は医療安全管理者2人、看護係長2人であった。この調査では、看護係長には病院名の記載を求めていないが、病床数が記載されている場合には、ほぼ病院を推測することは可能で、「起こってみなければわからない」と回答した医療安全管理者および看護係長各々1人については、同一の医療機関(X病院)の所属であった。この4人3医療機関(仮にX、Y、Z病院)については病院長のリーダーシップが疑われている、と言うべきかもしれない。

■リーダーシップが疑われている病院
X病院
Y病院
Z病院

X病院は医療安全管理者および看護係長が、病院長のリーダーシップについて「事象が起こってみなければわからない」としているが、病院長自身は「可能であれば『隠さない、逃げない、ごまかさない』としたい」と答えている。因みに病院長と看護係長は医療安全文化について<4>と楽観的な評価をしている。Y病院は病院長からの回答がなく、看護係長の回答は「常に」「可能であれば」の両方であった。医療安全管理者の医療安全文化評価は、極めて不十分<1>であるが、看護係長は<4>で、認識のズレが感じられた。

なお、この3医療機関のうち、Y病院については医療安全管理者が【F-2】の医療安全文化評価において最低の<1>と答えている。医療安全管理者が<1>と自己評価したのは、わずかにこの1例である。

■スタッフの意識など医療安全文化の自己評価が低い病院
Y病院
V病院
W病院
■院長がとくに厳しい自己評価をしている病院
U病院

医療安全管理者が医療安全文化【F-2】を<2>としたのは、2医療機関(V、W病院)で、両者とも複数回答ではあるが、病院長リーダーシップ評価【F-1】は、いずれも「常に」ブレないという評価である。反対に病院長が厳しい状況認識<2>を示したU病院では、「隠さない、逃げない、ごまかさない」という病院トップの姿勢について、病院長自身は「そのような楽観的な考え方はもてない」と厳しい見方を示している。

U病院のような例を除くと、病院長自身の医療安全文化評価は、概して楽観的である。試みに、病院名の記入のある病院長と医療安全管理者(副院長除く)26施設のうち、病院長が医療安全管理者よりも厳しい評価(【F-2】)を示したのは、わずか3施設に過ぎない(U病院は副院長が医療安全管理者として回答しており【F-2グラフ】からは除外されているが、病院長自身の厳しい評価とは反対に、副院長は<4>と、楽観的な評価をしている)。

看護の過失事例をあげ「原因が明らかになった場合、医療安全上どの程度プラスになると考えますか?」と尋ねた別の項【D-2】で、「調査が役に立つと思わない」とする悲観的な回答が、8件(250床以下の医療機関が6件)あったが、U病院の病院長およびV病院の看護局長は、ここに含まれる。

【設問F-2】 医療安全文化の自己評価(縦軸は5〜1の自己採点)
病院名が明らかで、病院長と医療安全管理者[=副院長除く]の回答が揃った26施設の、病院長(青)と医療安全管理者(赤)の「体制整備、スタッフの意識など自分の医療機関の医療安全文化全体の評価」比較。ア〜ハは施設(X,ZはF−1の説明で用いられた施設名)

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